日本国内のムスリム(イスラム教徒)人口は年々増加しており、技能実習生や特定技能人材として働くムスリムも増えています。外国人従業員を雇用する企業にとって、イスラム教への理解は今や欠かせない知識となっています。
本記事では、イスラム教の基本的な教えから戒律、そして企業がムスリム従業員を受け入れる際のポイントまで詳しく解説します。
イスラム教とは
イスラム教は、世界三大宗教のひとつであり、現在約20億人の信者を擁する世界第2位の宗教です。
イスラム教では、唯一の神「アッラー」を信仰しています。アッラーは世界の創造神であり全知全能の審判者とされていますが、戒律によりアッラーを図像化することは許されていません。
イスラム教信者は「ムスリム」と呼ばれています。ムスリムはアラビア語で「神に帰依する者(すべてをゆだねた者)」という意味です。
預言者ムハンマド
ムハンマドは、イスラム教における「最後で最大の預言者」と言われています。
それまでにも世界には預言者がいましたが、人々の中には神からのお告げ・教えを逸脱するものが絶えませんでした。そこで神(アッラー)が、完璧な言葉をムハンマドに託しました。これが現在のイスラム教の起源とされています。
ムハンマドは40歳の時に初めて神の声を聞いたとされ、そこから彼が亡くなる63歳まで神の声を聞き続けたといいます。この言葉をまとめたものが、イスラム教の聖典『コーラン(クルアーン)』です。
コーラン
イスラム教の聖典『コーラン』には、宗教的な教えだけでなく、日々の服装や飲食など個人の生活から、商売上の契約、国家の政治・経済、法律、戦争処理の規則まで規定されています。
コーランの中には「六信五行」という、ムスリムが守るべき信仰と行動の指針が記されています。
六信五行とは
「六信五行」とは、「6つのものを信じなさい」「5つの行いをしなさい」という教えです。ムスリムにとって最も基本的な信仰と実践の指針となっています。
六信(信じるべき6つのもの)
| 項目 | 内容 |
| ①神(アッラー) | 唯一絶対の神 |
| ②天使 | 神と人間の中間的存在。特にムハンマドに神の啓示を与えた天使「ガブリエル(ジブリール)」が最上位とされる |
| ③聖典(コーラン) | 神の言葉をまとめた聖典 |
| ④預言者 | 神の言葉を人々に伝える者。ムハンマドが最後で最大の預言者 |
| ⑤来世 | 「復活の日」に人はよみがえり、神の前で最後の審判を受ける。正しい行いをした者は天国へ、そうでない者は地獄へ行くとされる |
| ⑥予定(定命) | 世界に起こる一切のこと、人間の行為すべては、あらかじめ神によって定められている |
五行(実践すべき5つの行い)
| 項目 | 内容 |
| ①信仰告白(シャハーダ) | 「アッラーのほかに神はなし。ムハンマドはその使徒である」と唱える |
| ②礼拝(サラート) | 1日5回、メッカの「カーバ神殿」に向かって祈りをささげる |
| ③断食(サウム) | ラマダン月(イスラム暦の9月)の日中に約30日間行う |
| ④喜捨(ザカート) | 収入の一部を宗教活動や貧しい人のために差し出す。現金では所得の2.5%が目安 |
| ⑤巡礼(ハッジ) | 一生に一度、メッカのカーバ神殿に巡礼する。経済的・身体的に可能な者が対象 |
五行の実践はムスリムにとって義務であり、5つすべてを実践すると「真の信者」になれるとされています。
イスラム教の戒律:食事編
豚肉の禁止
イスラム教の教えでは豚肉を口にすることは許されていません。これは最も厳格に守られている戒律のひとつです。
禁止されているもの:
- 豚肉そのもの
- 豚肉を使用した加工食品(ベーコン、ソーセージ、ハムなど)
- 豚のエキス・油脂(豚骨スープ、ラードなど)
- 調味料や添加物に含まれる豚由来成分(乳化剤、ショートニング、ゼラチン、コラーゲンなど)
アルコールの禁止
アルコール飲料を口にすることは避けるべきとされているため、多くのムスリムはビール、ワイン、日本酒などを飲みません。
また、みりんや料理酒、醤油など調味料に含まれるアルコールを口にしないムスリムもいます。信仰の度合いによって判断は異なります。
ハラールとハラーム
イスラム教では、許されたものを「ハラール(Halal)」、禁じられたものを「ハラーム(Haram)」と呼びます。
鶏肉や牛肉は食べることができますが、イスラム教には屠畜(とちく)の方法に決まりがあり、「イスラム法に則った方法で処理された肉」でなければ口にできません。これを「ハラール屠畜」といいます。
ハラール食品の条件:
- 豚肉・アルコールを含まない
- イスラム法に則った方法で屠畜された肉である
- ハラームな食材と接触していない(調理器具・保管場所の分離)
イスラム教の戒律:礼拝編
礼拝のタイミング
ムスリムは1日5回、決められた時間に礼拝を行います。
| 時間帯 | 名称 |
| 夜明け前 | ファジュル |
| 正午過ぎ | ズフル |
| 午後 | アスル |
| 日没後 | マグリブ |
| 夜(就寝前) | イシャー |
正確な時間は、場所や日の出・日の入りの時刻により毎日異なります。1回の礼拝時間は約5〜15分程度です。
礼拝の方法
礼拝場所 清潔な場所で礼拝を行う必要があります。トイレや浴室などでの礼拝は禁じられています。
礼拝前の洗浄(ウドゥー) 礼拝前には、手・口・鼻・顔・腕・頭・足を水で清める必要があります。手は肘まで、足はくるぶしまで流水で洗います。
礼拝の方角 キブラ(メッカのカーバ神殿の方角)に向かって行います。日本からは西北西の方角になります。礼拝用マットを使うことが一般的です。
金曜日の集団礼拝 金曜日はムスリムにとって特別な日で、モスクで集団礼拝(ジュムア)が行われます。
イスラム教の戒律:服装編
イスラム教では男女ともに、肌の露出を少なくすることが求められています。これは、コーランの中にある「美しい部分(性的な部分)は隠しなさい」という教えに基づいています。
特に女性は、顔と手以外を隠し、近親者以外には目立たないようにしなければならないとされています。そのため、多くのムスリム女性は「ヒジャブ」と呼ばれるスカーフで髪を覆っています。
ただし、服装に関する解釈は国や地域、個人の信仰度合いによって異なります。
イスラム教の戒律:その他
異性との接触
イスラム教には「異性との接触は望ましくない」という教えがあります。ビジネスの場面では、異性との握手は相手から求められるまでは避けたほうがよいでしょう。
ラマダン(断食月)
イスラム暦の9月はラマダン月と呼ばれ、日の出から日没まで飲食を断ちます。約30日間続きます。
日没後には「イフタール」と呼ばれる食事をとり、断食を解きます。ラマダン期間中のムスリム従業員には、勤務時間やミーティング時間の配慮が必要な場合があります。
犬に対する考え方
イスラム教では、犬になめられると汚れると考えられています。そのため、犬を避けるムスリムもいます。
コーランの取り扱い
ムスリムはコーランをとても大切にしています。特にアラビア語で書かれた「原典」は、ムスリムでない者が取り扱うことは望ましくないと考えられています。
日本におけるムスリム人口
早稲田大学名誉教授の店田廣文氏の調査によれば、日本に住むムスリム人口は以下のように推移しています。
| 年 | ムスリム人口 |
| 2010年 | 約11万人 |
| 2018年 | 約20万人 |
| 2024年末 | 約42万人 |
2024年末時点の内訳は、外国人ムスリムが約36万3千人、日本人ムスリムが約5万5千人となっています。これは日本の総人口の約0.3%に相当します。
増加の背景
ムスリム人口増加の主な要因は以下の通りです。
- 技能実習生・特定技能人材の増加:特にインドネシアからの来日が急増しています(2020年〜2023年で2.23倍)
- 留学生の増加
- 永住者・定住者の増加:日本人との結婚、長期滞在による定住化
モスクの増加
礼拝施設であるモスク(マスジド)も増加しています。
| 年 | モスク数 |
| 1999年 | 15ヶ所 |
| 2021年3月 | 113ヶ所 |
| 2024年6月 | 151ヶ所 |
まとめ
イスラム教は世界約20億人が信仰する宗教であり、日本国内のムスリム人口も約42万人に達しています。技能実習生や特定技能人材の増加に伴い、今後もムスリムの従業員や顧客と接する機会は増えていくでしょう。
戒律の遵守度合いは国や地域、個人によって異なります。大枠を理解した上で、その人がどんな考えを持っているのか、何が許されて何が許されないのかを、話し合いを通じて理解し、受け入れていくことが大切です。
身構えすぎず、コミュニケーションを通して相手を理解する姿勢が、真の多文化共生への第一歩となります。


